安定打座 芝原英司さん 

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02 /10 2020
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Keizo Tasaka Exhibition in Hiroshima

もうすぐ朝4時起き一人行修が1年になろうとしている
芝原英司さんのYou Tube 講話を見てはじめた一人行修
今でも初心忘れずで時々拝聴する
視聴回数は1万4千回を超えて衰えを知らないようだ
それは素晴しいことだ

2月29日には天風会館で芝原英司さんの講話がある
先月上京したばかりだけれど、何とか行きたい
生身の芝原英司さんにお会いしたい
実際に会うと当然伝わるものが違うのだ

1月上京の折、突然ながら「明日お会いしたい」と東京芸大美術館
館長、芸大教授他沢山の肩書をもつ秋元雄史さんに連絡した
久々の再会でアート・芸術についてたくさんのことについて話を
したかったのだ
僕はアート・芸術=天風哲学=生きること=宇宙観などと
切っても切り離せないトータルなひとつのものとして捉えている
お忙しい方だから2時間で芸大美術館をあとにしたけれど、
別れ際「今度またゆっくり話をしよう」と言っていただき嬉しい
想いをした
実際素晴らしい内容の濃いい2時間だった

ところで、安定打座のブザーの途絶えた瞬間は崇高な芸術に出会った
瞬間に似ている
それはいつも思う
ブザーの途絶えた瞬間は長くは持続しないが、崇高な芸術はそれを
目の前にしていればその間持続する
僕はそれが芸術の役割だと昔から信じているところがある
いわば崇高な芸術に触れることで安定打座の境地に達するのだ
しかし、感じることがなければそれはないものと同様なのだが
それでも何がしかの余韻と影響をうながす
固定観念や常識などに捉われて生きていると感受性が損なわれるもの
だが、それでもいつの時代であれ素晴らしい芸術・科学は進化している

しかし、いつも思うのはこの安定打座、クンバハカは芝原英司さんの
言われる「とてつもなく難しい」を実感する
それでも芝原英司さんはメキメキと効果を発揮し目に見える形で目標
を実現させている
次元というか情熱、信念がまだまだ足りなさすぎる現実

だから尚更日々刹那を大切にせねばと叱咤するばかりだ



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K.T