安定打座と芸術

「水彩画個人レッスン」について
07 /11 2019
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「すべての実行を、一時間二時間というような長い時間を行うことを修行の条件

に思う必要はない。人生修行のためと言って、貴重な人生の時間を犠牲にする

必要はない。

もしそうしないとできないような方法であるならば不適当なものであると遠慮

なく言いたい。

「心身統一法」の本領は、生活がすなわち修行という信条のものである。日常

の仕事を行いつつ安易に実行するのが理想なのである。

機会がある時に、一呼吸だけでも良いのである。」

天風先生 錬身抄第3章のお言葉です。

1時間でも2時間でも長いと言われ、僕は2時間半ですから、とんでもない話

でしょう。

芝原英司先生は20年間2時間、その後現在までの8年間1時間15分です。

やはりそれでも長いらしいです。

正直朝の2時間半はさすがに長いとは感じています。それで、境内に行くのをや

めてみると2時間です。

30分の短縮はかなり違います。

一人マッサージ、養動法、安定打座40分、誦句集30分、その後安定打座10分、

クンバハカにはじまり誦句4つ、運動法3つ、スクワット、腕たせ伏せ100回

自重運動15分。計休憩を入れるとやはり2時間です。

朝2時間半の時間を使うと1日のどの時間も有効に効果的につかわないと結構

仕事に差し支えます。

テレビは昔から見ないし、いわゆる無駄な時間はありません。

朝4時起きなので夜8時には寝床です。

ともあれ、

アメリカから帰国して1,2時間散歩なりで自然のなかをブツブツ言いながら

の習慣があり、それが一人行修に変わっただけなのでやはり続けます。

何よりこの時間が楽しくて仕方がないから・・というのが大きな理由でもあ

ります。

安定打座の40分、50分は本当に短く、楽しみな時間です。

言葉に言い表そうとしても言葉に出来ない世界です。よくわかりませんが、

偉大な芸術に接したときの何ともいえない感動を超えたまっさらになる世界

とよく似てるな・・とも思います。

大宇宙霊は真・善・美の世界でもあるわけですから当然といえば当然です。

子供のころからの芸術好きにとっては安定打座の魅力は堪らないものがあ

ります。

信念は煥発されなければならない

意志は煥発しなければならない

勇気は煥発されなければならない

これらはどういうことだろう?と10年近く思っていましたが、安定打座

を真剣にやるようになって自然と合点がいくようになりました。

今日はじめの文章、お言葉のように最低でも30分はやらないと効果とい

うか、やってる意味もないと自分の経験で感じます。

やはり安定打座は難しいなぁーとやってた10年はものの15分もありま

せん。何度も書きますが、芝原英司先生のように40分の安定打座なんて

考えもしませんでしたし、行修会、修練会でも40分という話は聞いた

憶えがありません。

毎朝誦句集を交互に全部する人もまた聞いたことがありません。

途中中断したものの10年続けていたのは護国寺に見立てた境内での

プラヤマナ法にはじまる誦句、呼吸操練、積極体操、積極体操だけで、

肝心かなめの安定打座はほぼないに等しいのですから、何も変わらない

効果がないのは当然です。

それでも、理解の仕方が悪いのだと決めつけて天風先生に関する本は殆ど

読んでいましたが屁理屈が増えただけでの辛い現実でした。

今やっとかすかな光が暗闇にさしこんできて本当に嬉しいばかりです。

足元が見えるだけでも希望と同時に遠くに行くことは可能です。


いや、想像していると同時に既に成熟し、そのことに感謝している。


続く







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K.T