安定打座 ひとり行修

「水彩画個人レッスン」について
07 /08 2019
tr.jpg

27才のときはじめての現代美術作品の個展です。
東京・青山のキラー通りの空間が気に入り個展をここ
でやりたい・・と申し出ました。
結構ムチャな話ですが、そういうことを平気でしてしまいます。
この作品は高さ2m20cmくらい。小さな透明樹脂をひょん
なことから見てこの作品をすぐさま思いつきました。
以降、材料探しや費用など難がありましたが、何も考えず前に
進むだけで実現しました。欅板はあつさ5cmです。黒く見える
人のシルエットは深い緑の透明樹脂です。実際にはもっと立体化
したかったのですが、費用的に妥協せざるをえませんでした。
しかし、今でも思うのですがこの頃は絶対積極そのものだったな
・・と思います。

また、平面作品も大小といくつか制作しましたが、そのなかの
2つは面白い体験でした。
個展期日が迫る中、何かもっと自分でも驚くようなものを制作
したい・・という気持ちの極限状態が続くなか、夜中に大きな
平面に向かうとまるで何かがとりついたかのように手、身体が
動きそれこそまさに自分でも驚く作品が2点出来上がりました。
天風哲学の潜勢力の発現そのものだったように今でも思います。
精神の極限にくると自分でも驚くようなことが起こるものだと
思いますが、以降2度と同じ体験はしていません。

ただ、次の年28才のときNYに行くことを思いつき、はじめて
夕方のケネディ空港に着き、飛行機の窓から外を見たとき、
「ああ、俺はここに住むのだな」と直感しました。
次の日からイエール大学を出たばかりのアーチストに会い、カ
ーネギーホールビルに行き、設計とデザインの会社のボスを紹
介され自分のポートフォリオを見せ「ニューヨークに住みたい
のでスポンサーになって欲しい」とお願いすると、即OKでした。
そして、尊敬するアーチストのSol Lewitt の親友JOに会い、
コロンビア大学のドミトリーに住むハンガリー出身のユディに
会って、「あなたがここに住みたいなら始めは私のとこに住ん
でいい・・など話がトントンに進みました。
ちなみにJoとユディは生涯の親友になりました。
2週間の滞在を経てボストン、フィラデルフィア、シカゴ、メ
ンフィス、アリゾナ砂漠、地球の割れ目・グランドキャニオン
などに行きました。

先にも書きましたが、この頃は天風哲学の絶対積極そのもので
した。思うことは即叶い、その途中当然何か障害があるにしろ
信念があるのか全然平気で苦さえも楽しみ実現していました。

しかし、自分のなかに確かな哲学がないのですから、いつの
まにか煩悶が始まりました。

天風先生ではありませんが、また一緒にするつもりはありま
せんが、あのころの自分に戻りたい・・と思いつつ帰国後存
分にあがいていました。
あれから26年経ち、安定打座のおかげでやっとその入り口
にいると確信していて本当に嬉しい毎日です。

天風哲学を知ったのは10年前です。そして、何度も書きま
すが、毎朝2時間の行修を20年間、1時間15分の行修を
8年間、計28年間1日も休まず続けられている芝原英司先
生を知ったのはついこの前です。
28年間奥さんと一度もケンカせず、子供さんも社員の方々
も怒ったことはことはない・・まさに本物です。
結果と効果を即座に出され、講話は何度見ても新しい発見と
感動です。

以来、2時間半の一人行修を続けていますが、この時間が本
当に大切で新しい発見があります。日常の刹那刹那も充実し
ています。

そして、天風先生は本当に凄い哲人だと驚き感動する毎日
です。


続く







スポンサーサイト



コメント

非公開コメント

K.T