「水彩画個人レッスン」について
12 /10 2019
317954_286239828142048_180858849_n.jpg

Untitled by Keizo Tasaka 


中村天風講演録より

文化民族の一番いけないことは、理性がなまじっか中途半端で発達しているから、ときには肉体が自分だと思ったり、ときには心が自分だと思ったりして、鳥かごの中のカナリアと同じで、あっちに飛んだり、こっちに飛んだりして両方から来る複雑な、言い知れない煩悶や苦しみで、一日一分といえども安心した人生を生きられない哀れな人間ができてしまう。




スポンサーサイト



安定打座とクンバハカとプラナヤマ法

「水彩画個人レッスン」について
11 /20 2019

16806867_1151734401592582_2795266110164029923_n.jpg


Untitled by keizo Tasaka          MIxed Media on Arches


26,7歳の頃の作品。

東京青山キラー通りでの個展のために制作の1点。

28才でニューヨークに住み始めたときも持って行った。

そのうちソーホーのギャラリーで個展をした後そのままもう

1点の作品と置いたまま帰国した。

実に12年ぶりでまたアメリカNYに戻るつもりでいたのが、

そのままになり作品のことも忘れていた。

しかし、帰国後の21年後ギャラリーオーナーから連絡でclose

するから送ったほうがいいのか?と連絡。

オーナーは2点とも売るつもりがなかったらしい。

ともあれ、2社に輸送見積を出すとほぼ8倍の差があり驚いた。

そして、サービス梱包も素晴らしいもので感動さえ憶えた。

人に喜ばれるイイ仕事をしなければ・・と肝に命じた。



ところで、安定打座をしていると自然に普段でもクンバハカに

なっているような気がする。呼吸もプラナヤマ。

ただ、人様に言えるほどもないことは確かである。

クンバハカ体勢は「聖なる体勢」天風師の様々な写真を見ると

それがよくわかる。

頭山満翁もまた同様。眼が違う。

猛獣使いのイタリア人コーンが2人を見て「2人とも虎の檻に

入ってもOkだ」と言い、天風師の高弟2人2が「自分はどう

か?」と尋ね、「即座にダメだ。食われちまう」と即答された

とある。

30年ルバング島のジャングルで生き抜いた小野田少尉もまた

クンバハカ体勢。投降したときの写真や86才での映像など見

てもそれが十分窺える。

話は少し逸れるが、小野田さんのインタビューのなかである日

ずっと何キロも先の木の葉の網脈までハッキリ見え、敵の撃つ

銃口から弾が飛び出し、煙まで見えたことがある。だからその

弾をスッと避ければ当たらないんです・・と。

この時の体験で人間には驚くべき潜勢力というものがある・・

とわかった、とありました。

まさに天風師の言葉そのものです。

30年間もジャングルのなかで過酷な生活を生き延びたのです

からクンバハカができているのは当然でしょう。

また、ブラジルに移住しても井戸を掘っても外したことはない、

と当然のようにお話されていました。

小野田さんもまた「我執の解脱」の人です。世間はそういうと

ころ等には残念ながら解釈がいき届きません。


はじめに戻りますが、安定打座をしているとクンバハカ、プラ

ナヤマ法が自ずと身につくのではないか?

3つともに一つのものだから。

と思う。しかし、まだまだ虎の檻には入れません。

打座は姿勢がよくないとやはりどうも具合が悪い。呼吸もまた

腹式呼吸、または逆式腹式呼吸でないと具合がよくない。

呼吸はプラナヤマ法同様眉間呼吸。

1音、1音が最後と思えるくらいの対峙。


ともあれ、50分の打座は感動でしかない。

こんなことを言う人はまずいないと思う。

また、それを確かめる気持ちもない。

自分自身の確認で記述してるのみの作業。

朝4時は暗い。ほのかな光のなかでの打座はカンチェンジュンガ

のジャングルのなかでやってるつもりだ。

4時に起き外に出るとここは田舎なので満点の星と明るい月を見

上げ、寝ている間の気の入れ替えのプラナヤマ法をし一人マッサ

ージをする。

今年に入り3つの流れ星を見て感動した。

大自然に抱かれている空間が昔から好きだ。


頭山満翁の言葉「自然とともに生きよ」

天風師のの言葉「大宇宙霊とともにあれ」

どちらも同じひとつの言葉である。


以下、「運命を拓く」より

本来人間はこの世に生まれ出た時から、たえず真理に接し、真理の

中で生きている。

真理の中にいながら、この真理をなかなか自覚できないのは、心の

中に雑念妄念(ざつねんもうねん)があるためである。

本当に心が清い状態であれば、真理はすぐに発見できる。

安定打坐(あんじょうだざ)という特殊な方法を行うと、雑念妄念

がたちどころに消え去っていく。

そうすれば、たいした努力や、難行苦行(なんぎょうくぎょう)な

どをしなくても、自然に心が真理と取り組んでいこうとするのである。





安定打座 ひとり行修

「水彩画個人レッスン」について
11 /19 2019
379586_427079390724757_1940955558_n.jpg

Untitled by  keizo tasaka 

最近少しずつ作品イメージが降りてくる。
まだまだ明晰ではないにしろこの瞬間、心持ちは至幸福の味わい
がある。
これは20代の頃と少しも変わらない。
時間が止まるような静寂を体験しているとこれが来る。
「言葉は神なりき」という言葉が浮かび、現代詩等夢中になって
いた頃だ。
以来、禅や各種瞑想等に凝ったけれど、何も得るものはなかった。
ニューヨーク在住の頃はダライラマに2度会い、チベッタンモンク
の高僧たちとカラチャクラなどの重要な儀式に参加した。
ともあれ、それから帰国し15年が過ぎ、11年前に中村天風師、
頭山満翁を知る。
どこまでも理性的であるためにほぼ10年を無益に過ごした。
今年に入りやっと入り口の手前に立ちもうすぐ1年が過ぎようと
している。
朝4時に起き2時間の一人行修は欠かさないが、その遅さに自分で
も情けない想いがある。
それでも、少しずつ光が見えてくるようにもある。
何よりも安定打座が楽しみでならない。50分はアッという間に過
ぎるけれど、ブザーやおりんの途絶えた瞬間は何よりも素晴らしい。
しかし、少しでも油断すると思念が起こりただ座っているだけの時
間になる。だから、一音一音が真剣で2度はない・・という想いで
対峙している。

ところで、以下天風先生の講義録より

心というものは生命を創造する「気」の働きを行うための存在

であり、心が思ったり考えたりすることによって、生命の活動

が表現される。

そして心の行う思考は、すべて個人の命の原動力となっている

「気」を通じて、その「気」の本源たる「宇宙根本主体」に通

じている。

しかもこの「宇宙根本主体」は一切の万物を創造するエネルギ

ーの本源である。

この絶対的関係を真剣に考えると、思考は人生を創るというこ

とに断然結論される。


まさに思考が人生をつくる。

その思考・心は潜在意識の90%以上により支配されている、と

天風先生は言われる。

だからこそ観念要素の更改、積極観念養成、クンバハカ等の心身

統一法の実践が必要となる。

どれも大切なものだが、なかでも安定打座を抜きにしては天風道は

あり得ない。

天風道は安定打座にはじまり安定打座に終わると言っても過言では

ない。

それは芝原英司さんも言われ、またそれを証明されているリアリス

トです。

その芝原英司さんでさえ「私には安定打座を語る資格はない」と明確

に断言され僕なぞ何をかいわんや・・


ただ実践あるのみ










イサム・ノグチ  安定打座 頭山満

「水彩画個人レッスン」について
11 /16 2019



AS20190903001950_comm.jpg

連休はイサムノグチ庭園美術館。

ところで、事実あまり期待もなかった。
しかし、64才から20年住んだ移築の家の玄関
に立った瞬間、デ・マリアのライトニングフィール
ドの雷直撃。
邸の全てが感動の連続。
そして、エナジーボイド、それを包む移築の酒蔵
空間。すべてが一つになった崇高で純粋な宇宙と
同化した神殿。
写真では知ってたもののまたしても雷。
身体と心が微塵だに動かない。
こういうのって何十年ぶり。1日中そのなかにい
たいという衝動と願いばかり。

1時間はアッという間に過ぎ、その間学芸員の方を
捕まえてイロイロ質問すると答えに窮すること多く
結局局長さん登場。

局長さんは英語に堪能でシャキシャキしたキレのあ
る素敵な方。名刺を頂き話が進むと秋元雄史さんと
相当以前からのお知り合いでした。

来場者の車を見ると全国から来てる。
外国人も8人。
しかし兎に角、人生でいくつあるか知れない雷直撃。

「田坂は行ったほうがイイ」と言ってくれた秋元さ
んに感謝至極!
秋元さんに言われなきゃ絶対行ってない。

ところで、僕は今だイサム・ノグチの直撃にドタマ

がクラクラしとります。
気持ち、心の整理もできていない。
だから適切な言葉が見つからない。
本当の芸術とはそういうものだし、言葉を超える。
そして魂の隅々までに響き渡り沁み込む。
芸術の存在的意味とか目的があるとすればそれ以外
にはあり得ない。

ここ数年作品制作をストップして、なにを見ても,
何に接しても boring and boring,boring
俺は感性の欠如、欠落なのか?かと本気で思うく
らいだった。

NYクィーンズのノグチ美術館は何度も行ったし、
一昨年高松美術館ノグチ回顧展に行ったりもした
けれど、何もわかっていなかった。
というより、牟礼に行かないとイサム・ノグチは
本当に理解出来ないということだろう。
だから、秋元さんは「行ったほうがいい」と言っ
たんだな、と今思う。
改めて感謝です。
イサム・ノグチについてはまたの機会に。


ところで、安定打座の余韻・無念無想には様々な表現があ

ります。

曰く、「まっさらな心」「なにもしない、なにもない」

「時がない」「絶対世界」など。

芝原英司さんは天風先生は誰でもできる簡単だ。と言われ

るけれど、とてつもなく難しい。集中力ですよ。と言われ

、僕もそう思う。

音が途切れた途端、空になるけれど、持続時間は極めて少ない。

少しでも邪念、妄想があればそれも見逃す。

いつかどこかで読んだものに天風先生が安武先生に言われた

「持続時間は1分から2分がせいぜいだ・・」とあります。

それが事実か否かは知らねど、確かにそれはあります。

打座を真剣にやっているかどうかは現実がどれだけガラリと

変化・向上したかの効果で判断できます。

芝原英司さんは年収1千万が翌年には1億8千万になりずっ

と下がることなく伸びている訳ですから大変な効果です。

全生命を賭けるとか真剣さが足りない・・と反省ばかりです。

そんな芝原英司さんでさえ「私には安定打座を語る資格は

ない」と言われます。益々本物の方だな・・と尊敬いいた

します。


ところで、僕は毎晩白ワインを1本プラスを飲んでいました。

何十年も欠かさず・・しかし、ある日ピタリとやめました。

といってもまだ26日目です。

当初から飲むことすら忘れているので、苦しくもなんとも

ありません。自分でも不思議なくらいですし、目の前にお酒

があっても平気です。

安定打座のおかげかもしれません。

僕の目の見える効果はこんなものです(笑)


頭山満翁が酒を一滴も飲まないと評伝にあったのも影響して

いるのでしょうが。翁は小さいころから魚や動物を食してい

ません。天風先生と同じです。

天風先生はゴーグ村の大自然のなかに3年生活をしています。

頭山満翁も同様です。

これら共通項は世界の聖人・賢人にも当てはまります。


また翁は若干16才で我執の解脱をしています。

やはり・・・と頷くものが多々ある分厚い評伝でした。


ところで、以下、天風先生の抜粋で今回終了です。


本来人間は、この世に生まれ出た時から、たえず真理に接し、真理の

中で生きている。

真理の中にいながら、この真理をなかなか自覚できないのは、心の中

に雑念妄念(ざつねんもうねん)があるためである。

本当に心が清い状態であれば、真理はすぐに発見できる。

安定打坐(あんじょうだざ)という特殊な方法を行うと、雑念妄念がた

ちどころに消え去っていく。

そうすれば、たいした努力や、難行苦行(なんぎょうくぎょう)などを

しなくても、自然に心が真理と取り組んでいこうとするのである。


出典:#運命を拓く






誦句集と安定打座

「水彩画個人レッスン」について
11 /01 2019
19884522_1291531137612907_7635401672829050706_n.jpg19884522_1291531137612907_7635401672829050706_n.jpg19884522_1291531137612907_7635401672829050706_n.jpg19884522_1291531137612907_7635401672829050706_n.jpg

Untitled by Keizo Tasaka

渡米前、青山キラー通りでの個展作品

天風先生の誦句集は黒と緑の2種類があります
芝原英司さんに習い毎朝40分の安定打座のあと読誦します。
40分座っていたので、立ってクンバハカをして読誦。
どちらも30分かかります。
芝原英司さんは勇気が湧くと仰います。確かにそうなのですが、
実のところ、毎回どれだけそれら一つ一つの誦句をどこまで自分
なりに把握しているのか?と疑問が湧きます。
それで読み返したりするので30分かかります。
例えば身体と心は道具とは知識でわかるけれど、実体験としては
無明です。
兎に角、誦句は素晴らしいことは理解できても真の理解は程遠い。
しかし、そんなことも気にしないで読誦するしかない、のが現実
です。これはおいおいとけてゆくものと信じているのみ。
そのあとに10分の安定打座をします。40分とは違うもので行
います。
そのあと、境内まで3キロくらい?走り準備体操、プラナヤマ法、
誦句4つ、他。そして、呼吸操練。
これは息を吐ききって、口から吸いますが、同時に眉間から気を
取り入れます。最近は読誦のとき安定打座のときも自然にそうな
ります。
これは天風会や本のなかでもあまりというか聞いたことがありま
せん。アメリカの懐かしきニュージャージー州にお住まいの野口
五十六さんは天風道の大先輩の方ですが、プラナヤマ法は眉間呼
吸だ、と明確に言われ、そのやり方、姿勢など述べられて
います。Tem Pu Online というブログに他詳しく掲載されていて
僕は色々とても参考にさせていただいています。
今年令和元年を機に長年の天風会を自然脱退されたとお聞きして
います。

続く



K.T